
ここ何年か、たくさんの人に自分の作品を見て頂いています。
時々不思議に思うことがあります。
みなさんは私の作品を見てどう感じてくれているのでしょうか。
私は作品について多く語る事をしないと決めています。
それによって、個人のイメージが壊れる事があるからです。
どういう風に見るかは人それぞれでいいと思います。
私は語らないだけです。
なのに、共通した感じ方をしてくれている人が何人もいます。
それは私自身の想いと異なった物だという事もわかっている。
でもその「異なった物」が間違っているわけではないのだとわかった。
自分では気づいていないメッセージを感じてくれている。
作家が自ら計画して詰め込んだメッセージの他に、作品というものには意図していないメッセージが生まれる。
自分で把握していない想いを持った作品が生まれる。
何故、どうしてだろう?
知り合いの作家さんの中には「世界とか設定とかなーんにも考えてないよ!」という人が何人かいます。
けれど、見る人はその作品の世界とメッセージを感じてしまう。
作品が意図しないメッセージを作ったのか?
いや、その作品を見る事でそれぞれが世界とメッセージを構築するのだろう。
作品を鑑賞してくれる人と話をしていて驚かされる事が多い。
私の作品を見て、ものすごい多くのことを考えて、それぞれでびっくりするような想像をし、世界を構築していく。
これには本当にびっくりする。
作った本人が「そうなんだ・・・」って思わされる事がたくさんある。
そしてその世界が、似ている人がいる。
私と、似ているのではなく、鑑賞者同士で似ている事を言う人がいる。
その人達がそれぞれ揃った場所で言うのではなく、別々な場所で言うのです。
それぞれが構築した世界が似ているのか。
それとも作品が作家の意図しないメッセージを持ち合わせてしまい、鑑賞者がそれを感じるのか。
そうやって考えているうちに作家だけが表現者ではないということに気づいた。
鑑賞者は、作家の作品を通して表現している。
作品は、作家だけの表現物ではないんだ。
なんておもしろいんだろう!
これはまだ当分物作りをやめられない。
たくさんの人の反応が見たい。知りたい。聞きたい。
自分の作品について多く語ってしまう作家さんはとても損している。
自己満足で物を作っているだけだ。
それでは得られ無い物が、語らない事によって生まれるのに。
物作りは楽しい。止めれないな。